歴史を巡る旅に出よう

Date:2013年09月25日16時12分 | Category:特集 | Writer:ぐらんざ編集部



天才軍師、黒田官兵衛のあゆみ
1546年 [0歳]播磨国姫路で誕生。
1567年 [21歳]家督を相続する。
1568年 [22歳]松寿丸(黒田長政)をもうける。
1569年 [23歳]青山・土器山の戦いで10倍差とも言われる
        兵力差の大軍に勝利し、名を轟かせる。
1575年 [29歳]織田信長と謁見。秀吉に仕える。
1578年 [32歳]主君信長への謀反の噂のある荒木村重の説得に
       単身乗り込むが捕縛され、約1年間幽閉される。
1581年 [35歳]兵糧攻めで鳥取城を攻略。翌年、高松城攻めで
       水攻めを提案など軍師として活躍。
       高松城攻略の際、本能寺の変を聞き、中国大返しで
       殿軍を任される。
1583年 [37歳]キリスト教の洗礼を受け、洗礼名をドン・シメオンとする。
1587年 [41歳]太閤町割にて博多の町の区画整備に関わる。
1589年 [44歳]家督を長政に譲り、名を如水と改名する。
1590年 [45歳]小田原征伐に参加、講和による使者として活躍。
1604年 [59歳]死去。崇福寺(博多区千代)に葬られる。



福岡市内で、官兵衛に触れる!!

戦乱の世、火災が絶えず衰退していた博多の街。そんなとき、太閤秀吉の命による「太閤町割」という復興事業が行われ、その任務に携わった官兵衛。
このときの再建がなければ、今の博多はなかったのかも…と思うと、官兵衛は福岡の基盤を作った人物。官兵衛スポットがたくさんの福岡散策もオススメです。

福岡城の鬼門に当たる現在地に、東の鎮守として初代藩主・長政が移したといわれる『水鏡天満宮』。
提供/福岡市


福岡藩六代藩主・黒田継高が建てた別荘『友泉亭』。
提供/福岡市


黒田家の菩提寺として知られる『崇福寺』や『東長寺』など、市内にはゆかりの場所がたくさん。



官兵衛、九州の起点を中津に築く!!

官兵衛が九州で初めて築いた『中津城』。
ここから始まった九州と官兵衛のあゆみ、そして天下への夢や野望は…。
官兵衛の叡智がつまった中津の街も、見どころいっぱい!




豊臣秀吉の側近として天下統一を支え、「天才軍師」として名をはせた黒田官兵衛孝高(よしたか)。
初代中津城主として、13年間君臨した中津で官兵衛が残した足跡をたどってみる。

官兵衛ゆかりの地をこの秋一足早く散策

 2014年大河ドラマ「軍師官兵衛」で注目を集める、黒田官兵衛孝高(後の如水)。初代中津城主として、筑前国に移封されるまでの約13年間、中津で国づくりを行ない、城や城下など現在まで続く城下町中津の礎を築いた。中津市内には、官兵衛の足跡が至る所に見受けられる。「我、人に媚びず、富貴を望まず。」という座右の銘を残した官兵衛。生涯50数回の合戦で一度も負けを知らない戦の天才という一面だけでなく、和歌や茶の湯を愛した文化人であり、敬虔なキリシタン大名であり、側室を持たずただ一人の妻を愛した誠実な武将でもあった。中津から天下統一を夢見た、官兵衛の足跡をたどってみることにしよう。

官兵衛が九州で初めて築いた城・中津城

 秀吉の九州平定後、豊前国6郡を拝領し入国した官兵衛は、高瀬川(現・中津川)の河口を巧みに利用し、天正16(1588)年に築城開始。堀に海水を引いた中津城は、日本三大水城の一つに数えられている。石垣は当時の高度な石積技術である穴太(あのう)積みを駆使。早く効率的に築城するために、川上にある7世紀の山城「唐原山城」から運んだ石を使用したのも興味深い。城下町を囲む惣構えの土塁「おかこい山」は、その起源が黒田時代までさかのぼる可能性があると考えられている。現在でも「おかこい山」は各所で見ることができ、九州では中津城が唯一であり、大変貴重な遺構である。



中津城/現在の中津城天守閣は、昭和39年に建築されたもので、歴代奥平家の甲冑や古文書など貴重な資料が展示されている。また長篠の戦いで使われた武具や家康公直筆の書なども展示、歴史ファンならずとも必見。


自性寺おかこい山/中津藩主奥平家歴代の菩提寺の自性寺周辺には、南北150m、東西230m、高さ約5mの規模で、外堀のおかこい山が残存。


細川忠興が築いた石垣(左)と黒田官兵衛が築いた石垣/石垣にy状の目地が通っている。



官兵衛ゆかりのぶらり寺町、街歩き

 官兵衛が造った、城下町中津の面影が色濃く残るのが寺町。石畳の道に、寺院の白壁が並び、閑静で風情があり街歩きが楽しい。寺町は、黒田、細川、小笠原、奥平と藩主が移り変わるにつれ13の寺々が集まり、まるでタイムスリップしたかのようだ。なかでも官兵衛に従わない豪族、宇都宮一族との激しい攻防の舞台のひとつ「合元寺」(通称、赤壁寺)は、待機していた宇都宮氏の従臣たちが討たれた場所。血が白壁につき、何度塗り替えても浮き出てくるため、壁を赤色に塗ったと言われている。その他、福澤諭吉旧居などの名所もあり、ぶらり歴史を感じて散策したい。

中津に行ったらご当地グルメを堪能

 旅に出たら、何と言っても楽しみはご当地グルメ。中津と言えば、日本有数のからあげ激戦地で“からあげの聖地”と呼ばれているほど。各店自慢の味を食べ比べ、お気に入りの味を見つけてみては?また豊前海の代表的な海の幸ハモ。淡白な味とプリプリな身は感動的!中津が誇るこの2大ご当地グルメは外せない!ちょっと足をのばして、中津歴史ロマンスポットを訪ねるのも楽しい。四季折々の自然が堪能できる。耶馬渓一の景勝地、競秀峰・青の洞門。これからの季節、紅葉が楽しめる一目八景…など。この秋、官兵衛ゆかりの中津を訪ね、紅葉を楽しんでみてはいかがだろうか?


合元寺(通称:赤壁寺)/宇都宮鎮房亡き後、鎮房の従臣たちはここで最後の戦いに臨んだ。飛び散った従臣たちの血が門前の白壁に付き、何度塗り替えても血痕が浮き出てしまうため、赤く塗り替えられたといわれる。


円応寺/官兵衛による開基で、真誉上人の開山。境内の「河童の墓」は、黒田二十四騎の一人・野村太郎兵衛の墓ともいわれている。


福澤諭吉旧居・記念館/一万円札でおなじみの福澤諭吉が幼少から19歳までを過ごした旧居。当時の母屋と勉学に励んだ土蔵を見学できる。隣接する記念館では、「学問のすゝめ」の初版本などを展示。


青の洞門/江戸時代の僧・禅海が自らノミと鎚をふるい掘った全長342mのトンネル。


深耶馬溪(一目八景)/渓谷から仰ぎ見る断崖絶壁の絶景。紅葉の見頃は10月下旬〜11月下旬。山国川の支流、山移川の渓谷沿いに広がる景勝地。一目で8つの奇岩を仰ぎ見られるため「一目八景」とも呼ばれる。


中津からあげ/外はカリッ、中はジューシー。“からあげの聖地”である中津市内にはからあげ専門店がたくさんあり、各店オリジナルで違った味わいが楽しめる。


ハモ料理/豊前海に面した中津市では、昔からハモ漁が盛ん。淡白で上品な味わいで、刺身や湯引きなどで味わえる。





TOPICS
中津城の貴重な石垣を間近で見られるチャンス!お堀の水が抜かれ、普段歩くことのできない堀底を歩けます。堀底近くの石垣には梵字の刻まれた石があり、水を抜いた時だけ見ることができます。官兵衛が築いた石垣を見学しませんか?
■期間:10月28日(月)〜11月10日(日)
■場所:中津城

◎お問い合せ
中津市役所軍師官兵衛推進室 または 観光課
871-8501
大分県中津市豊田町14番地3
☎0979-22-1111(代表)
http://www.city-nakatsu.jp/