世は万華鏡(43)

Date:2016年12月16日12時37分 | Category:世は万華鏡 | Writer:ぐらんざ編集部

病室の「ラジオ深夜便」

 漂泊の俳人小林一茶が江戸から故郷の北信濃柏原村(現長野県信濃町)に戻ったのは1812(文化9)年、50歳の冬だった。豪雪の古里に辿りついて詠んだのが「是がまあ ついの栖か 雪五尺」である。

 童門冬二著『小林一茶』によれば、一茶の帰郷で北信濃には彼を核とする小宇宙が形成された。雪に閉ざされた日常で、人々は生きる喜びと暮らしの張りを創作に見いだしたのだった。

 一茶旧宅を訪ねたのは10年ほど前の5月。長い冬と短い春が終わり、若葉が萌えいずるころだった。いま、信濃は深い雪景色の中だろう。

 師走に入って庭の木々たちはすっかり姿を変えた。二本のサクラも、名前も知らない他の木も葉を落としてしまった。その落ち葉が冬の日差しを弱々しく跳ね返している。やがては腐葉土となって後の生命の素になるのだろう。

 自然のこうした営みを見るにつけ、生まれ、成長し、老い、そして土に還る「いのち」の循環をしみじみと感じるのである。この季節になると、人生を自然の輪廻に重ねて柄にもなく感傷的になってしまう。

 とはいえ、今年は持病の頸椎後縦靭帯骨化症も悪化せず、ひとまず年を越そうとしている。柳川、日田、豊後高田などの10キロレースに参加、明年も各地の大会にエントリーしている。

 普段のジョギングコースは福岡大学病院を抜け、西南杜の湖畔公園を往復する5キロ。公園には森と大きな池があり、どの季節も気持ちを穏やかにしてくれる。

 過日、福大病院の売店に立ち寄ったとき、雑誌コーナーに「ラジオ深夜便」の最新号が置かれているのが目に留まった。いつもは見過ごしていたのに、なぜこの日に限って気づいたのか。本の数が他の雑誌よりも断然多かったからだ。入院患者にリスナーが多いからに違いない。

 何を隠そう!(それほど力むことでもないが)私も長年のリスナーだ。贔屓の遠藤ふき子アナは「夜中に目が覚めたり、眠れなくなった時、深夜便のことを思い出してくださるとうれしいです」とブログに書いている。

 夜のしじまの中、病室のベッドでイヤホンから流れてくる洗練された語りと音楽。それを聴きながら誓うのは、一日も早い快癒と退院−。

 福大病院へ続く街路樹もすっかり葉をそぎ落とし、裸の自分をさらしている。その様は「寒風にへこんでたまるか」と、果敢に立ち向かっているように見える。新しい年に皆さんの健康と平安を祈る。

(ジャーナリスト。元西日本新聞記者)



馬場周一郎=文
幸尾螢水=イラスト