世は万華鏡(46) 

Date:2017年03月14日15時51分 | Category:世は万華鏡 | Writer:ぐらんざ編集部

私の『沈黙』行〜外海編〜

「なぜ、神は黙っておられるのか私には分からなかった。主は五つの町に襲いかかる炎より正しき人を救いたもう。しかし、不毛の地は今も煙をあげ、樹々は熟することのない実をつけている時、彼は一言でも何かを信徒たちのために語ればいいのに」
(遠藤周作『沈黙』)

『沈黙』の舞台、トモギ村は現在の長崎市外海地区である。禁教下の日本に潜入したポルトガル人神父ロドリゴは、信徒の手引きで小屋に身を隠し、探索の目を逃れながら司牧を続ける。

 ロドリゴがトモギ村にやってくる少し前、マニラから潜入帰国した日本人神父がいた。金鍔次兵衛。彼もまたこの村で信徒と極秘に接触し、不屈の信仰活動に挺身していた。

 次兵衛が潜伏した洞窟があるー。若かりし頃、そのことを聞いた私はいつか必ずそこへ、と心に期した。長年の思いが叶い「次兵衛岩」と呼ばれる洞窟を目指すことになった。16年前の春である。

「昼は小屋の戸を固くとじて、万一、そばを通る者があっても気どられぬように物音一つたてません。昨日も雨でした。一日中、この小屋を取り巻く雑木林に陰鬱な音をたてています」
(『沈黙』でのロドリゴの独白)

 次兵衛も同じように昼は洞窟に潜み、日没とともに村に下りて信徒の告悔を聞き、ともに祈り、教えを広めた。密かに守られてきた「次兵衛岩」だったが、時の流れとともにその場所は不明になっていた。

 これを信徒の一人、山崎政行さんが一九八三年に再発見。その山崎さんの先導で、私は急峻な沢伝いを二時間近くかけて歩き「次兵衛岩」に辿りついた。

 鬱蒼とした林の中、巨大な岩の入り口にマリア像と次兵衛像が並んでいた。その奥に次兵衛が隠れ住んだ洞窟が確かにあった。

 目を閉じ、耳を澄ませた。それ以外に為すべきことが浮かばなかったのだ。風が揺らす木々の音にロドリゴと次兵衛、そしてトモギ村信徒たちの声なき声を重ねた。「次兵衛岩」に至る険路は、隠れ切支丹が辿った信仰の隘路に思えた。

 次兵衛は捕縛されたとき、自らを「トマス・デ・サン・アゴステン次兵衛、アウグスチノ会の神父である」と答えた、という。この男の矜持をここに見る。

「人間がこんなに哀しいのに主よ海があまりに碧いのです」(角力灘が眼前に広がる「沈黙の碑」文)

 存在と信仰の根源を考える私の旅はここ外海から始まった。

(ジャーナリスト。元西日本新聞記者)
 次回は五島編です。



馬場周一郎=文
幸尾螢水=イラスト