世は万華鏡(47)

Date:2017年04月20日13時01分 | Category:世は万華鏡 | Writer:ぐらんざ編集部

私の『沈黙』行〜五島編〜

 昭和26年4月、教師に成り立ての中尾貫(23)は長崎県上五島町の中学校に赴任した。町は良港に恵まれ、活気にあふれていた。

 ほどなくして二百五十人ほどの生徒の中に、並はずれて極貧の子供らがいることに気付いた。
  
 その数、40人ほど。継ぎはぎだらけのモンペに、綿がはみ出して破れたドンザを着、素足にわら草履。弁当は麦とカンコロに漬け物。授業中は何も発言しない。休み時間には、運動場の隅に自分たちだけが集まって過ごす。

 子供たちは、町の中心部から1時間以上も掛かる山が海岸まで迫った小さな入り江の集落から通学していた。「隠れキリシタン」の里である。

 中尾は、長崎市内の被差別部落に生まれ、幼い頃から様々な差別を受けてきた。「この子たちは自分のように差別を受けているのかもしれん。いや、もっとひどい差別を受けているのかもしれん」。

 5月に入って校長に申し出た。「あん子たちの里に住んでみようと思うとですが…。学校に来ん子もおりますし、あっちに住んで子供たちの勉強をみてやりたかとです」。校長は「それはよかこと」と許可してくれた。

 里の住民からは大歓迎を受け、公民館として使っていた一軒家が提供された。ここから子供と一緒に学校へ通い、夜には子供を集め、寺子屋のようにして勉強を教えた。そんな時間を重ねるうちに、中尾は祈りを捧げる子供たちを目にするようになった。人目につかない入り江の里で、先祖代々数百年にわたって信仰の炎を灯し続け、いまも「隠れ」の末裔として生きる。その姿に胸が熱くなった。

 彼らの信仰の根源を知りたいと思って聖書を読み始めた。今度は自分が教えてもらう番だ。子供らが手にしている聖書はボロボロだった。それは祖父母、両親、兄弟姉妹たちが代わる代わる、繰り返し繰り返し、めくったであろう栄光の痕跡でもあった。

 子供たちは声をあげて聖書の一節を読み上げ始めた。そこにいたのは運動場の片隅に小さくなっていた彼らではなかった。中尾には子供たちの声が音楽のように聞こえた…。


 35年余の記者活動を通して数えきれない人と巡り合った。その中でも中尾ほど忘れ難い人物はいない。差別を受けてきたからこそ、信仰の極北・五島で「隠れ」という差別に向き合おうとした。その歳月、実に9年。いま病の床にある中尾の快癒を心から祈る。

(ジャーナリスト。元西日本新聞記者)
次回は浦上編です。



馬場周一郎=文
幸尾螢水=イラスト