世は万華鏡(49) 

Date:2017年06月16日16時02分 | Category:世は万華鏡 | Writer:ぐらんざ編集部

雁の列より離れゆく…

 株主総会の季節。新しい役員体制がスタートした企業も多いことだろう。この時期、新聞の人事記事を見ながら様々な思いが交錯する。

 晴れてトップの座に就いた人、逆に一敗地にまみれて外に出された人…。勝者には栄光、敗者には憐憫。平たく言えば、勝者には周囲から賛辞が送られ、敗者には言葉が掛けられない。だからこそ人事は人間臭く、面白いのである。

 それにしても、定年退職後の「流れゆく日々」の速さよ。新聞社を離れてわずか四年だが、役員や幹部の顔触れがすっかり変わり、名前も知らない中堅・若手が社内を闊歩している。

 現役時代は、天神地下街を歩くと、間断なく顔見知りに会ったものだが、いまは長い南北を往復しても誰とも会わない。それはそうだろう。こっちも歳をとったし、先輩・同僚もみんな老い、そして地下街から姿を消したのだから…。

 同じように、たとえ今日までは社長や会長だった人も、そのポストを離れる明日からは社員の脳裏から急速に消えてゆく、はかない存在でしかない。

老いた人も若い人も
その中間の人々も
順次去っていく。
熟した果実が
枝から落ちてゆくように
     (ブッダの言葉)

 人間のこの運命の前では、会社のポストなどどれほどのものだろう。勝者には拍手を送ろう。同時に敗者もまた自分に拍手を送ってよい。健康のうちに会社人生を走り切り、家庭生活を作り上げてきたのだから、それだけで十分に勝者足り得る。

「雁の列より離れゆく一つ雁おもひて書きぬ退職願」(高野公彦)

 棹とも矢とも形容される雁の列。整然と空をゆくその一群を、作者は長年過ごしてきた会社での四季に重ね合わせる。

 列の中にいるときは、組織の重圧や気苦労があっただろう。人間関係も時に煩わしかったかもしれない。しかし、退職によって集団から一人いざ離れゆく現実を前にすれば不安感を覚えるのも当然だ。

作者はその心細さを振り払うように、「退職願」という行為を通して船出への静かなる決意を表明しているのだ。

「退職せる今日を区切りに新たなる道を歩まむ心引き締め」     (石田世一)

 組織での歩みはピリオドを打ったが、ここからまた別の長い豊穣の旅路が広がっている。さあ、笑顔で出発しようではないか。
(ジャーナリスト。元西日本新聞記者)



馬場周一郎=文
幸尾螢水=イラスト