長谷川法世のはかた宣言35・石ころ缶詰事件

長谷川法世のはかた宣言35・石ころ缶詰事件


日清戦争のとき、「石ころ缶詰事件」があった。軍用の牛缶に石が詰められていたという事件だ。10年後の日露戦争当時、犯人は陸軍の御用商人という噂が立って新聞が騒いだらしい。真相は、缶詰に石を詰めたのではなく、缶詰を盗んだあとにバラスト石と縄を詰めた、つまり荷抜けだったのだ*1という。

10年後に大騒ぎになったのは小説「火の柱」。キリスト教社会主義者だった木下尚江が日露戦争の開戦時に発表した。この反戦小説に、大洞利八という政商が登場し、日清戦争のときに石ころ缶詰や不良品の軍靴を納入したと話す場面がある。これを新聞が報道して騒動になった。

「商人が頭ばかり下げて、狡い事をやめない」と坊っちゃんが思うのはこの事件のことではあるまいか。祝勝式の日、練兵場に生徒たちを引率する場面で生徒たちは声高に坊っちゃんをからかう。前に宿直事件があって生徒たちはいちおう謝罪した。けれどそれは「ただ校長から、命令されて、形式的に頭を下げたのである。商人が頭ばかり下げて、狡い事をやめないのと一般で生徒も謝罪だけはするが、いたずらは決してやめるものではない」と坊っちゃんは憤慨。そして師範学校と中学の大喧嘩*2に巻き込まれ、新聞で叩かれる。

祝勝会の直前の場面はうらなり先生の送別会。褌一丁になった画学教師の野だいこ*3が「日清談判破裂して*4」と芸者の三味線で踊り、「日清談判だ」と三度も叫ぶ。時代設定は日露戦争直後*5なのに、日清戦争のころかと思えるほどだ。師範生と中学生が巡査から逃げる場面の「退却は巧妙だ。クロパトキンより旨い位」まではっきりしない。

なにしろ野だいこの日清談判からクロパトキンまで、岩波文庫で12ページも離れている。祝勝式が日露戦争のもの*6だというのはクロパトキンまで読みすすまなくてはわからない。実は日清談判の80ページ前に「天麩羅事件を日露戦争のように触れちらかすんだろう」と書いてある。だけど80ページも前だ。小説の構成としてはナンセンス、いや意図的なへたさだ。

これは、「商人が狡い」をとても遠回しに、日清戦争のときの大洞利八と思わせる仕掛けではなかろうか。さらに翌日の新聞で、喧嘩は山嵐と坊っちゃんの煽動だったと書かれ、「新聞ほどの法螺吹きはあるまい」と坊っちゃんは憤る。こちらは缶詰事件は新聞が煽ったんだ。商人=大洞=御用商人は新聞の法螺だも~ん、という漱石さんの逃げだろう。翌年には漱石さん、新聞社に就職。専属作家としてデビューだもんね。

*1石ころ缶詰事件のネット検索で大杉栄の「自叙伝抄」があった。缶詰会社の息子(実名と違う)が事件を語った話がある。
*2大喧嘩…「石」が飛んできて坊っちゃんに当たる。格の違う師範と中学の喧嘩を日露あるいは戊辰・西南各戦争と見る事も可能か。
*3野だいこ…素人太鼓持ち。明治31年東京美術学校長岡倉天心(父は親藩福井藩出身の元武士)が排斥され教授橋本雅邦ら17人が連袂辞職した。和服で西洋美術を語る野だいこは残った者を示すか。
*4日清談判破裂して…音次郎の「オッペケペー節」の作詞者・若宮万次郎の作とされる
*5「佐幕派の文学」平岡敏夫・おうふう
*6祝勝式が日露のもの…文庫版注「作品の現在は日露戦争翌年、明治39年3月頃」

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