福岡麺人生 27杯目 満洲屋が一番

福岡麺人生 27杯目 満洲屋が一番


満洲屋が一番 総本店

「満洲屋が一番 総本店」

福岡県久留米市日吉町13-7
「満一 GOLD LABEL」同市城南町2-34フレスタくるめ2F
11:00~21:00 ◎とんこつしぼり680円

 JR久留米駅の改札を出るとほのかに豚骨の香りが漂ってくる。さすが豚骨ラーメン発祥の地と思いながら、においの元をたどってみると、駅ビルに入居する一軒の店に行き当たった。

 名は「満一GOLDLABEL」。地元で昭和28年に創業した「満洲屋が一番」の別ブランドだが、モダンな内観に老舗感はない。券売機で「とんこつしぼり」を選んだ。にんにく、背脂感ある濃厚スープを元だれが支える。合わさる細麺はどちらかというと博多寄り。久留米ラーメンとは一線を画すが、そもそも博多や久留米を基準にしてないようにも思える。というのは計7ブランドを持つグループは近年、海外で店舗拡大を続けているからだ。

 創業したのは田中平三郎、タマエ夫妻。戦後に中国から引き揚げた2人が、久留米で餃子専門の屋台「満洲屋」を始めた。「祖母が軍隊向けの弁当屋をしていて餃子の作り方を習ったんです」。3代目、田中實さん(44)は教えてくれた。

 本場の味は評判を呼んだ。ほどなく随一の繁華街、文化街に店舗を構え、メニューにラーメンを加えた。實さんの父、明さんが2代目となる頃には大繁盛店となった。

 一方の實さんはといえば家業を継ぐつもりは全くなかった。「店の2階に住んでいて夜中に呼ばれるし、洋服ににおいも付く。それが嫌で…」。中学3年の時、明さんが急逝してもその思いは変わらなかった。高校卒業後は福岡市に飛び出し、職を転々とした。そんなある日、店を切り盛りしていた母親の邦子さん(72)から電話があった。「体がきつい。もう辞める」。その言葉で初めて継ぐ決意をした。

 ラーメンの世界はおもしろかった。がむしゃらに働いて作り方を学んだ。店名を「満洲屋が一番」としたのも決意の表れだ。同時に職人らしからぬ経営の才覚も発揮する。平成15年に池袋の餃子スタジアムに飛び込みで営業し、短期出店を勝ち取ると、結果を出して常設店になった。「初期投資が少なくてすむから」と、催事や食のテーマパーク、大型複合施設に狙いを定め、一時は国内45店舗を直営するまでに成長した。

 「東日本大震災以降は海外にシフトしています」と言う。1号店はホノルル。ショッピングセンターに自ら売り込み、期間限定店を経て震災翌年に店を構えた。現在はパリ、ホノルル、パースに計6店を運営。「台湾、フィリピン、アメリカ本土にも出したい」と意欲はとどまらない。
 ラーメン屋が嫌だった實さんは、かつてとは違う思いを抱いている。「祖父母、両親が築いてきたアドバンテージがあった。ラーメンだからここまでこられた。本当に感謝しています」。将来、会社を息子に継いでほしいと今は考えている。

海外を飛び回る田中實さん

海外を飛び回る田中實さん

文・写真 小川祥平 1977年生まれ。西日本新聞社くらし文化部。著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。

文・写真 小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社くらし文化部。著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。

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