博物館・美術館

福岡市博物館 特別展「侍 ~もののふの美の系譜~」

9月7日(土)~11月4日(月振休)

国宝16点・重要文化財68点もの豪華展示!日本刀と甲冑の美の変遷をたどる

 究極の実用美の追求です。戦いに命をかける武士が、甲冑と刀に求めたものは何だったのか?

 写真の重要文化財『紺糸威胴丸 兜・大袖・杏葉付』は、14世紀の甲冑の標準的なスタイルです。よく見ると胴の下の部分、大腿部を守る「草摺(くさずり)」が8つに分かれています。馬に乗って弓矢で戦うことが主流だった平安・鎌倉時代の大鎧は、草摺が前後左右の4つでした。それが南北朝時代になると、徒歩での戦いが主流になり、動きやすさが求められたため、太もも部分がこんな風に分かれます。

 戦国時代は更に機能性を高めます。兜が特徴的な重要文化財『銀箔押一の谷形兜・黒糸威五枚胴具足』は、福岡藩初代藩主の黒田長政が関ケ原の合戦で着用しました。兜は重そうに見えますが、飾りは檜の板に銀箔を張ったハリボテです。鎧は腰の部分が細くなり、引き締まって機動的な印象です。

 刀も時代に応じてかたちを変えました。日本刀特有の“そり”は、武士が引いて切ることを求めたためです。そりの中心も、古い時代の刀は手元に近いところにありましたが、時代とともに先端へと移動します。

 鋼を何度も折り返して強度を増し、焼入れをして切れ味の素地を造る。刀工の技術は日本刀の源泉です。名工は博多にもいました。太閤秀吉が持っていたという国宝『短刀名物太閤左文字』。名前の頭文字である「左」一文字だけを銘に刻んだ南北朝時代の刀工左(さ)の最高傑作です。九州の刀の評価を一新したと言われます。三池で生まれた天下五剣の一つ、国宝『太刀 銘 光世(みつよ)作 名物 大典太(おおてんた)』は九州初公開です。

 今で言うならグッドデザイン賞の数々。侍が求めた美と機能の移り変わりをたどるまたとない機会です。

繁竹治顕
元NHK記者。’93年全米オープンゴルフ、’94年リレハンメル冬季五輪、2000年シドニー五輪などを取材。福岡放送局広報事業部長、副局長。現在、九州国立博物館振興財団専務理事。西南学院大学非常勤講師(ジャーナリズム)

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