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ぐらんざ 20周年記念特集 福岡を見つめて20年

ぐらんざ 20周年記念特集
福岡を見つめて20年-ぐらんざヒストリー-


 登場するのは、ぐらんざの人気コラムでお馴染みの、あの方々。この20年の流れゆく歴史を、それぞれの分野に分けて一緒に振り返っていきましょう。

博多のまち並み
◎はかた宣言 長谷川法世
博多のスピード
 二〇周年おめでとう!ぐらんざ創刊の年、博多町家は五四棟ほど残っていた。二〇年後のいまはひと桁。それが博多のスピードかも。ひと桁の町家のうち二棟は登録文化財となって調査時のまま現役。一棟はのこのしまアイランドパークにお願いして移築。他に三棟はリノベーションされて活用中。
 ぐらんざ十二年目には新博多駅が誕生。キッテビルなど周辺の再開発もすすむ。天神ビッグバンに合わせ、大博通り沿いからビル工事が続々と始まった。追い山が櫛田神社を出て正面に見る万行寺のうしろにも大きな建物が姿を現している。
 櫛田の銀杏は先日大がかりな剪定があった。今年は八番山が大銀杏より高く見えるかも。ぐらんざ二〇周年は、博多にとっても大きな節目の年になりそうだ。

エンターテイメント
◎ハットをかざして 矢野寛治(中洲次郎)
悲しきキネマ
 ぐらんざ、20周年。そこでここ20年の映画について考えてみました。
 まず日本映画、日本アカデミー賞から考察してみる。ちょうど20年前、1999年「愛を乞うひと」(平山秀幸監督、主演・原田美枝子)は、現代の家庭内虐待、子苛め子殺しを予見した作品でした。原田美枝子の母と娘二役も効いており、人間が愛を乞うて生きていく、涙ぐましさが十二分に描かれていた。ここ20年、これを越える作品に出くわさない。
 米国アカデミー賞の20年を見てみよう。2005年「ミリオンダラー・ベイビー」(C・イーストウッド主演監督、主演ヒラリー・スワンク)が突出して優れている。人が神に代わって死を差配してよいのか。「尊厳死」のあるべき姿を考えさせられた。
 両賞共に近年作品は人間を描くことに鋭さが欠けている気がする。今は、「悲しきキネマ」の時代である。映画人たちよ、奮起せよ。

時事
◎世は万華鏡 馬場周一郎
 藤沢周平の短編『たそがれ清兵衛』(新潮文庫)。海坂藩士の井口清兵衛は下城の太鼓が鳴ると同時に一目散に家路につく。そのため“たそがれ”のあだ名が付く。藩随一の剣の遣い手にもかかわらず、周囲からは侮られる。“たそがれ下城”のわけは、労咳で寝たきりの妻の世話をするため。“たそがれ”というあだ名にもひるまぬ男の飄逸と愛情の細かさを描いて実にさわやかな作品である。
 老老介護をはじめこの20年間に急増した様々なかたちの介護。“たそがれ下城”を余儀なくされている現代の働き手は数知れぬ。定年後の人生を妻の介護と向き合う友も身近にいる。いのち長き時代、清兵衛に夫婦の愛の紡ぎ方と晩年の歩き方を聞いてみたい。

文化・芸術
◎世は万華鏡 幸尾裕太
 平成十七年十月十六日、私のちょっとした文化維新。九州国立博物館、開館である。中でも心踊ったのは特別催事で開催された「シルクロード・アンサンブル」のコンサート。多国籍な音楽家たちによる洋の東西を超えたプログラムであった。演奏は、遺跡の円柱の下、ほんの数十センチ目の前でも行われた。私はシルクロードの青年になり、往時の空気や風を感じた。「ぐらんざ」にも年齢、性別や国境を超え、大人の文化情報発信メディアを目指して欲しいと思う。

博多の麺
◎福岡麺人生 小川祥平
 1999年は学生で上京していた。ラーメン=豚骨と思い込んでいた時期。それでも困らなかったのは博多一風堂などが進出を果たし、普通に食べることができたからだ。古里を離れた若者を癒やしてくれた豚骨は、今や世界に進出している。2015年から2年間、再び東京で過ごした。印象に残るのはうどんの関東進出である。出店が相次ぎ「博多うどん」というジャンルも定着した。
 政治の世界では「壁」が取りざたされるが、麺の世界は「フラット」になるばかり。今後、博多の麺がどのように広がるのか楽しみだ。

生活・社会
◎BOOK 六百田麗子
 平成に入ってから後半の20年間、生活、社会は大きく変貌した。特に少子高齢化は急速に進み、今や3人に1人が65才以上の高齢者、過疎地では買物難民、医療・介護難民が急増し、それにつれて貧困も進んでいる。子どもの虐待やいじめ問題も深刻になってきた。東北の大震災から今年で8年、いまだ仮設で暮らす人も多い。温暖化の影響で自然災害が多発し、防災対策は今や最重要課題になった。同時に海外からの旅行者は年間300万人をこえ、外国人との共生も普通になり始めている。この時期、国連の示した17の「持続可能な開発目標(SDGs)」を達成すべく、企業、地域、行政が力を合わせて前に進み始めたことに希望を感じる。

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